はじめに

法人経営者の中には、

「業績が悪化したから一時的に役員報酬をゼロにしたい」
「節税対策で報酬を抑えたい」

と考える方も多いでしょう。
確かに、役員報酬をゼロにすれば法人の利益を減らさず、資金繰りを守る効果もあります。

しかし、役員報酬をゼロにすると生活費の確保が難しくなるだけでなく、税務・社会保険上のリスクも発生します。
「なんとなく節税になりそう」と判断して実施するのは非常に危険です。

この記事では、税理士の実務視点で、役員報酬をゼロにしたときの生活資金の考え方、注意すべき法的・税務上のルール、そして代替策まで徹底解説します。

そもそも「役員報酬」とは?

役員報酬とは、会社の取締役・代表取締役など役員に対して支払われる給与のこと。
役員報酬は「法人の経費(損金)」として扱うため、金額設定は法人税額に大きく影響します。

法人税法上、役員報酬は次のような条件で損金算入が認められています。

  • 金額が「定期同額給与」であること(毎月一定額)
  • 株主総会などで正式に決定されていること
  • 期中で勝手に変更しないこと(原則、期首3か月以内の改定のみ可)

つまり、「経営が苦しいから来月からゼロにする」といった対応は原則NG。
税務署から否認されるリスクが高く、法人税の追徴課税につながる恐れもあります。

役員報酬をゼロにするケースは珍しくない

実際に、以下のようなケースでは役員報酬をゼロにする経営者もいます。

  1. 業績悪化による資金繰り悪化
  2. 設立初年度で売上が不安定
  3. 法人からの赤字繰越を最大化したい
  4. 配偶者など家族役員への報酬を一時停止したい

中小企業では一時的な「無報酬役員化」は珍しくありません。
ただし、「ゼロ報酬」=「無報酬期間中も安全」ではないという点を理解しておくことが重要です。

役員報酬をゼロにするとどうなる?

① 生活費が確保できない

最も直接的な影響は「生活資金の減少」です。
法人の口座に資金が残っていても、役員報酬を設定していない限り、社長個人の生活費として自由に引き出すことはできません。

もし会社の口座から生活費を引き出した場合、「役員貸付金」という勘定で処理され、
将来的に会社へ返済しなければならない借金扱いになります。

また、個人の所得がゼロになることで、次のような影響も出ます。

  • 国民年金・国民健康保険料を全額自己負担
  • 所得税・住民税の課税所得がゼロで社会的信用が低下
  • 住宅ローンやクレジットカードの審査が通りにくくなる

一時的に生活費を貯蓄で賄うことはできますが、長期的に続けると個人の信用・資産に悪影響を及ぼします。

② 税務上の注意点

役員報酬をゼロにしても、次のような税務上の問題が生じることがあります。

● 法人の利益が増え、法人税が上がる
役員報酬は法人の損金(経費)になります。
そのため、報酬をゼロにすると法人の利益がその分増え、結果的に法人税負担が重くなる可能性があります。
節税目的で報酬をゼロにしたつもりが、逆に税負担が増えるという本末転倒な結果も珍しくありません。

● 無報酬期間中の生活費が「役員貸付金」扱いに
生活費を法人から引き出した場合、会社が社長にお金を貸した形になります。
貸付金が膨らむと、税務署から「実質的な給与」とみなされ、給与課税されるリスクもあります。

● 報酬再開時には手続きが必要
ゼロにした後、再び役員報酬を支給する場合は、株主総会の決議+登記変更(場合によって)+議事録保存が必要です。
期中で不自然に増減させると、経費として認められません。

③ 社会保険への影響

法人の役員は、報酬の有無にかかわらず社会保険(健康保険・厚生年金)に原則加入義務があります。

報酬をゼロにしたからといって自動的に脱退できるわけではなく、
保険料の算定基礎となる「標準報酬月額」が最低等級に下がるだけです。

そのため、ゼロ報酬でも最低限の社会保険料を法人・個人で負担し続ける必要があります。
特に厚生年金の事業主負担分は重いため、事前に資金繰りを考慮しておく必要があります。

役員報酬をゼロにする前に確認すべき3つのポイント

① 個人の生活費をどこから捻出するか

報酬をゼロにする場合、生活資金をどこから出すかを明確にしておく必要があります。

選択肢としては以下のような方法が考えられます。

  • これまでの貯蓄を取り崩す
  • 家族の給与・配偶者の収入で補う
  • 法人からの配当金で受け取る(利益処分が必要)

ただし、配当は役員報酬と違って損金にできないため、法人側の節税効果はありません。

② 役員報酬の再設定はタイミングに注意

法人税法上、役員報酬の金額変更は「期首から3か月以内」しか認められません。
この期間を過ぎてゼロにしたり再設定したりすると、経費として認められない可能性があります。

やむを得ない事情(業績悪化など)がある場合は、臨時改定理由書や議事録を残すなど、証拠を明確にしておきましょう。

③ 家族役員・非常勤役員への影響

配偶者や子どもが役員になっている場合、全員の報酬をゼロにすると、家庭全体の所得がゼロになることもあります。
この場合、社会保険の扶養関係や確定申告上の扶養控除にも影響が出るため注意が必要です。

役員報酬をゼロにせず資金繰りを守る3つの代替策

① 役員報酬を一時的に減額(最小限に設定)

ゼロにするのではなく、最低限の生活費を確保できる金額に調整する方法です。
例えば月10万円など、実質的に生活費をギリギリ維持するラインで設定すれば、法人・個人のバランスを保てます。

② 社長貸付金を「賞与」扱いにせず整理

すでに生活費を引き出してしまった場合でも、年度末に「役員貸付金」になっている場合は、
次年度から報酬を再設定し、少しずつ返済して整合性を取る方法があります。

③ 法人からの配当金で生活を補う

利益がある法人なら、役員報酬を減らして配当金で生活費をまかなう方法もあります。
ただし配当は損金にならず、法人税を払った後の利益から支払われるため、トータルの税負担が増える可能性があります。

まとめ:役員報酬ゼロは「最終手段」

  • 役員報酬をゼロにしても、法人税は必ずしも減らない
  • 生活費が確保できず、個人信用や保険料負担に影響
  • 法人資金を私的に使うと「役員貸付金」として課税リスク
  • 報酬の変更は「期首3か月以内」のみ認められる
  • ゼロにする前に、貯蓄・配偶者収入・配当など代替策を検討すべき

役員報酬ゼロは一見シンプルな節税策に見えますが、生活と法人経営の両面に深刻な影響を与えるリスクがあるのです。
「一時的な資金繰りのため」ではなく、中長期的な財務戦略の一環として慎重に判断することが重要です。

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